沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第二部




11.第六外科病棟




 四月十日、日本軍の総攻撃に備えて、軽症の内科患者は退院を命じられ原隊に復帰して行った。そして、第二内科は第二外科となって、次々に来る負傷兵が収容された。

 第五外科と第二外科が新設されてから、千恵子たちの第四外科には新しい患者さんが入って来ないので助かっていた。亡くなった患者さんが使用していた寝台が八つも空いていて毛布が積んであるだけだった。第三外科も六つ空いていた。第三外科では三人の患者さんが退院して行ったけど、第四外科ではまだ退院できる患者さんはいなかった。八つの寝台は空いていても、三十六人の患者さんの看護をするのは忙しくて、毎日、くたくたになっていた。

 晴美や利枝が時々遊びに来て、色々な情報を仕入れる事ができて面白かったけど、軍医さんたちが言っている事はあまり当てにはならなかった。古波蔵(こはぐら)看護婦は態度がでかくて酒癖が悪くて始末に負えない。上原看護婦は外見は冷たいけど内面は情熱的に違いない。伊良波(いらは)看護婦は男勝りだけど可愛い所もある。儀間(ぎま)看護婦はちょっと細いけど目がくりっとしていて可愛い。稲嶺(いなみね)看護婦は色白で絹のような肌をしているので一度、裸を拝んでみたいとか、軍医さんたちは勝手な事ばかり言っていた。それよりも古波蔵看護婦の話の方がずっと参考になった。

 古波蔵看護婦は毎晩、お酒を飲んでいる衛生兵の所に行ってはお酒を飲んで、踊っていた。千恵子たちも毎晩、古波蔵看護婦の所に行っては一緒に騒いだ。そして、様々な事を聞いた。古波蔵看護婦は軍医さんだろうが、将校さんだろうが、誰彼構わず、よくない事はよくないとはっきり言っていた。時には、一緒に飲んでいる衛生兵にも面と向かって文句を言う事もあった。なぜか、衛生兵の方も古波蔵看護婦には頭が上がらないとみえて、すまん、すまんと謝っていた。まったく、怖い者なしだった。話を聞いているだけで軍医さんや看護婦さん、衛生兵の事もよくわかった。

 宮田軍医は神経質で気難しいから気を付けろ。中野軍医はすぐに怒鳴るけど根に持たない性格なので、怒られてもあまり気にしない方がいい。照屋看護婦は美人には違いないけど、自分勝手で性格はあまりよくない。比嘉(ひが)看護婦は胡麻(ごま)すりで何でも婦長さんや軍医さんに言い付けるから気を付けろ。渡久地(とぐち)看護婦は二高女の生徒たちの悪口ばかり言っているから相手にしない方がいい、など千恵子たちは古波蔵看護婦の話から知った。伊良波看護婦が去年まで仏印(ふついん)(フランス領インドシナ)の野戦病院にいたと聞いた時は驚いた。千恵子は仏印がどんな所か知らないが、急に伊良波看護婦が頼もしく思えて来た。

 色々な情報が聞けるのはいいけど、日勤の方が夜勤よりもやる事がいっぱいあって忙しかった。朝食の飯上げ、水汲み、患者さんたちの食事の世話をしてから自分たちが交替で朝食を取る。食罐洗いと食器洗いを交替でして、休む間もなく治療が始まる。傷口の消毒をして包帯を交換、化膿(かのう)止めや痛み止めの注射を打って、悪化している患者さんは衛生兵に頼んで手術室に送らなければならない。全員の治療が終わったら、昼食の飯上げをして、患者さんの食事の世話。食罐洗いに食器洗い。その間にも患者さんの(しも)の世話をしなければならない。午後になると少しゆとりが出て来るけど、絶えず、誰かが「看護婦さーん、学徒さーん」と呼んでいる。そして、夕方になると毎日のように、亡くなった患者さんの埋葬があった。初めの頃は可哀想だと泣いていた千恵子たちも、毎日の日課になって来ると可哀想だとは思うが、涙は流れなくなっていた。

 一日の疲れを(いや)すのは睡眠は勿論だけど、井戸端での無駄話と思い切り歌を歌う事だった。今まで夜勤だった澄江も日勤に替わったため、仲間に加わって一緒に歌った。

「ねえ、チーコ、あたしたちの第二外科、何人収容できるか知ってる」と澄江が体を拭きながら聞いた。

「四十四人でしょ」千恵子はトヨ子たちと寝台の数を数えたので覚えていた。第二内科、第三外科、第四外科は四十四人収容で、第一内科だけが第五坑道への通路が斜めについているので二つ少なく、四十二人だった。そして、新設された第五外科は四十人収容だった。

「そう、チーコたちと同じ四十四人よ。でも、あたしたち七人しかいないのよ。四十四人を七人だけで看るなんて大変だわ。まだ、そんなにいないからいいけど、すぐに埋まってしまうわ。昼間が四人で夜は三人しかいないのよ。一体、どうしたらいいのよ」

 今まで内科の患者は二十数人しかいなかったので、第五外科が新設される時、第一内科も第二内科も三人づつが引き抜かれて第五外科に異動になった。それでも、第一内科が日勤、第二内科が夜勤だったので問題はなかったが、急に第二内科は外科に変更され、第一内科と分かれてしまった。第三外科と第四外科は十人いるのに、七人しかいないのだから澄江が文句を言うのも当然だった。

「今、内科の方は何人の患者さんがいるの」と千恵子は聞いた。

「軽い患者さんは退院しちゃったから、十人位じゃないの」

「それなら、内科の方から助っ人が来るわよ。十人位なら二人もいれば充分よ」

「そうなればいいんだけど、内科の人たちは手術室のお手伝いがあるから無理なんじゃないかしら」

「そうか。第三外科と第四外科から一人づつ、そっちに行けば丁度いいんだけど、勝手な事はできないしね。看護婦さんに頼んでみたら」

「みんなで新垣さんに頼んだのよ。でも、駄目みたいなのよ。第二外科が一杯になった時点で、第六外科が新設される事になるんですって。そうなると第三外科と第四外科から何人か引き抜く事になって、どこも七人体制になるだろうってさ」

「ねえ、その第六外科って、いつできるの」

「そうねえ、多分、明後日(あさって)には第二外科が一杯になって、その次の日には新設されるんじゃないの」

 絶え間ない艦砲の轟音を聞きながら、千恵子は誰が抜けるのだろうと考えていた。同じ職場にいても勤務時間が逆だとほとんど話もできないけど、半月余り、慣れない仕事を協力しあった五人の仲間とは別れたくなかった。第一坑道に帰った後もその事が話題になった。この前、鈴代が抜け、今度は誰なんだろうと言い合った。誰もが、あたしはいやよと言っていた。

 澄江が言った通り、翌々日の夜には第二外科は埋まってしまった。そして、第三外科、第四外科、第五外科の空いている寝台も次々に埋まり、四月十五日の正午、飯上げに行こうとしていた時、千恵子は伊良波看護婦に呼ばれた。何となく、いやな予感がして、皆に「先に行ってて」と言って、中央坑道の所にいた伊良波看護婦の所に行った。

「美里さん、あなたの勤務が変わったのよ」と伊良波看護婦は言った。やはり、そうだった。まさか、自分が抜ける事になるとは思ってもいなかった。

「あなたと一緒に真栄城悦子さんと桑江アキ子さんも行く事になったから、悪いけど起こして連れて来てちょうだい」

「はい」と返事をしたけど、心の中は真っ暗になっていた。みんなと離れたくはなかった。特にトヨ子と離れ離れになってしまうのは辛かった。千恵子はうなだれながら中央坑道を第一坑道の方へと向かった。

 すでに、中央坑道は第一坑道まで両側に寝台が並んでいた。ここがすべて埋まるのも時間の問題だった。第一坑道の手前にいた衛生兵たちも追い出され、病棟にするべく、あいていた片側に寝台を作っていた。ここまで負傷兵がいっぱいになれば、千恵子たちは悪臭に悩まされ、ゆっくり眠れなくなってしまう。その前に戦争が終わる事を願った。

 千恵子は悦子とアキ子を起こした。二人とも気持ちよく眠っていたのに起こされて、ブツブツ文句を言いながらも千恵子について来た。

 第二坑道と中央坑道が交わる四つ角に伊良波看護婦と古堅(ふるげん)看護婦、そしてもう一人、千恵子の知らない看護婦と政江がいた。

「政江もここに異動なの」と千恵子が聞くと、「チーコも」と聞いて来た。

 千恵子はうなづいた。

「第一内科からは政江だけ」と聞くと、今度は政江がうなづいた。

「第四外科はあたしたち三人よ」

「後は誰が来るのかしら」と政江が言った時、「チーコ」と誰かが呼んだ。

 振り返ると佳代と小百合と房江が立っていた。

「佳代と小百合、それに房江もここなの」

 三人はうなづいた。

「みんな揃ったわね」と伊良波看護婦が言った。

 千恵子は素早く人数を数えた。「七人だけなんですか」

「そうよ。第四外科も三人抜けたんだから七人でしょ。看護婦はあたしたち三人よ」

「えっ、伊良波さんもここなんですか」

「そうよ」

 千恵子は内心喜んでいた。伊良波看護婦は厳しいけど頼りがいのある看護婦だった。

 伊良波看護婦は古堅看護婦と渡嘉敷(とかしき)看護婦を紹介した。古堅看護婦は衛生兵と密会の噂のあった看護婦で第二外科から移って来た。渡嘉敷看護婦は噂では島唄がうまいという。渡嘉敷看護婦は第五外科からの異動だった。

「第六外科はここから第三坑道までの間で、患者さんの収容人数は四十四人よ」と伊良波看護婦は言った。同じ中央坑道にある第五外科が四十人だったので、第六も四十人だと思っていたのに違った。澄江じゃないが、四十四人を七人で看るなんて大変な事だった。

「すぐに勤務時間を決めなければならないんだけど、今まで通りに美里さん、平良(たいら)さん、長嶺さん、崎間さんの四人が日勤で、上地(うえち)さん、真栄城(まえしろ)さん、桑江さんの三人が夜勤でいいわね」

 それでもいいけど、せっかく同じ職場になれたのに佳代と勤務時間が違うのは残念だなと千恵子は思った。

「あの」とアキ子が言った。「あたしたち、ここに来てからずっと夜勤なんです。できれば昼間の勤務もしてみたいんですけど」

「お願いします」と悦子も言った。

「そうねえ。日勤の人で夜勤をしたいっていう人はいる」と伊良波看護婦は千恵子たちを見た。

「ねえ、チーコ、あたしたちが夜勤に移らない」と小百合が小声で言った。

 一瞬、夜勤よりは昼間の方がいいと思ったけど、夜勤に移れば佳代と一緒になれるんだと思うと、千恵子はすぐに、「あたしと小百合が夜勤に移ります」と言った。

「それでいいのね」と伊良波看護婦はアキ子と悦子に言った。「あなたたちはこれからすぐに仕事に入るのよ」

「はい、わかってます」とアキ子と悦子は手を取り合って喜んだ。

 千恵子と小百合も態度には出さないが喜び会い、佳代と一緒に夜勤に備えて第一坑道に引き上げた。

「よかったね」と小百合が言って笑った。「佳代を起こして、あそこに行く時、今度は同じ勤務になろうって言ってたのよ。何かうまい理由を考えて、どっちかが移ろうって言ってたのよ。そしたら、チーコがいるんだもの。びっくりしちゃって」

「そうよ。まさか、チーコと一緒になるなんて思ってもいなかった」と佳代が言うと、

「あたしだって誰が来るんだろうと不安になってたら、二人が来るんだもの。不安なんて一遍に吹っ飛んじゃった」と千恵子も笑った。

「でも、ほんとによかった。あたし、何とかして日勤に移ろうと思ったんだけど、いい考えが浮かばなくて、そしたら、あの二人が日勤に移りたいって言って。この三人で仕事ができるなんて夢みたい」

 勤務が逆ですれ違いだったので、千恵子と小百合は佳代に話したい事がいっぱいあった。晴美から仕入れた噂話や古波蔵看護婦から聞いた話を佳代は知らないだろうし、みんな話してやりたかった。また夜勤に戻って、晴美や古波蔵看護婦に会えなくなるのは残念だけど、新しい職場は楽しくなりそうだった。

 第一坑道に戻ると夜勤の者たちが気持ちよく眠っていた。夜勤の者たちにすれば今は真夜中だった。途中で起こされた佳代が眠いというので、話をするのは起きてからにしようと千恵子と小百合もあまり眠くないけど寝台に横になった。

 午後六時、三人揃って第六外科に行くと政江が、「患者さんは六人だけよ」とこっそり教えてくれた。お昼に見た時は三人だけだったけど倍になったようだった。

 伊良波看護婦は交替時の申し送りを済ますと、「後は頼むわね」と言って昼間の勤務者と一緒に引き上げて行った。夜の担当は古堅看護婦だった。澄江に古堅看護婦の密会の噂をしたら、まさかと驚いて、そんなの嘘よと信じなかった。あの人はそんな人じゃないわよ。軍医さんがいい加減な事を言っただけじゃないの。わからない事は丁寧に教えてくれるし、優しくていい人よと言っていた。

「あなたたち、夜勤は初めてじゃないんでしょ。いつもの通りお願いね」と古堅看護婦は軽く笑いながら言った。その笑顔を見ると澄江が言った方が正しいような気がした。千恵子たちは飯上げと水汲みに出掛けた。

 六人の患者さんは皆、今日、入院した人ばかりだった。初めの頃は連れて来た衛生兵が付き添っている事もあったが、最近は手術が終わって病棟に移ると後は任せて帰ってしまう事が多かった。六人の患者さんにも付き添いらしい人は見当たらなかった。食事ができたのは両足を軽傷した一人だけで、後は皆、苦しんでいて食事どころではなかった。両足を切断されて泣き続けている患者、背中を怪我してうつ伏せになっている患者、上半身に重傷を負って唸っている患者、右足を切断されて苦痛に耐えている患者、腹部に重傷を負って激しい息をしている患者、皆、悲惨な患者さんばかりだった。

 唯一、食事のできた和田上等兵は浦添(うらそえ)の前線で敵の迫撃砲(はくげきほう)にやられたと言う。前線から来た患者さんと会うのは初めてだった。和田上等兵は山部隊の第二十二連隊に属していて島尻(しまじり)(沖縄南部)を守っていたが、十二日の夜の総攻撃に参加するため前線へと向かった。敵の猛攻は物凄く、行ったばかりで地形もわからず戦闘には参加できなかった。前線を守っていた石部隊(第六十二師団)は兵力の大半を失って総攻撃は失敗に終わった。不利な戦局を打開するため、今、第二十二連隊は敵陣に斬り込みをかけている頃だろうという。

「戦友たちが戦っているというのに怪我をしてしまって情けない。早く治して戻らなくては」と和田上等兵は悔しがった。

 千恵子は気になっていた首里と那覇の状況を聞いた。

「那覇はもう廃墟(はいきょ)だよ。ほとんどの者が疎開したんじゃないかな。十・十空襲の後、戻って来ていた人たちも皆、出て行ったようだ。あれだけの街があんなになるなんて悲惨すぎるよ」

 思っていた通りでも口に出して言われるとショックだった。千恵子たちが暮らしていたあの小屋も吹き飛んでしまったに違いなかった。

「県庁も、もうないんですね」と千恵子は聞いた。

「さあ、そこまではわからないけど」と和田上等兵は首を傾げた。「ただ、県知事さんは繁多川(はんたがわ)の壕にいて毎日、首里の司令部壕に顔を出していると聞いたな」

「繁多川の壕ですか‥‥‥」

 繁多川と言えば首里のすぐ下だった。父もそこにいるのだろうか。

「首里もひどいよ。司令部があるのを敵も知っていて、昼間は爆撃、夜は艦砲と絶え間なく続いて、住民はみんな地下壕に避難しているよ。敵の攻撃がやむ朝晩の一時だけだ、壕から出られるのは」

「そんなにもひどい状況なんですか」

「ああ、ひどいなんてもんじゃない。家が焼けても消火なんてできやしない。自然に消えるのを待つだけさ。道路も崩れた石垣や倒れた樹木が散乱していて歩くのも大変だ。それに、首里から海が見えるんだが、もう沖縄の回りは敵艦だらけだよ。完全に包囲されている。初めてそれを見た時、我が目を疑ったよ。夢でも見てるのかと思ったが、それが現実さ。特攻隊が何回かやって来たらしいけど、あれだけの敵艦を沈めるのは容易な事ではないと思ったよ」

「そうですか‥‥‥」千恵子は絶句した。沖縄本島が敵の軍艦に囲まれているなんて信じられなかった。いや、信じたくはなかった。一体、日本軍は何をしてるのだろう。無敵の連合艦隊は何をしてるのだろう。

 ふと、人の気配に気づいて、振り返ると佳代が呆然とした顔付きで立っていた。

南風原(はえばる)もひどかったなあ」と和田上等兵は言っていた。

「えっ、南風原を通って来たんですか」と千恵子は聞いた。

「ああ、元々、南風原の陸軍病院を目指して来たんだよ。だけど、負傷者がいっぱいでね、もう少し我慢しようって、ここまで来たんだ」

「南風原はどんな状況なんですか」

「爆撃はそれ程でもないけど艦砲は凄いよ。民家はほとんど破壊されてたな。あの辺りは病院だけじゃなく、兵站(へいたん)基地になってるから、攻撃も激しいんだろうな」和田上等兵はそこまで言って、急に驚いたような顔して千恵子を見た。

「君たちは民間人じゃないよな」

「えっ」

「いや、つい口走ってしまったが、今の事は軍事機密に入る。そんな事を民間人に言ったのがばれれば俺は憲兵に捕まってしまう。今の事は聞かなかった事にしてくれ」

「はい」と千恵子はうなづいた。もっと南風原の事を聞きたかった。佳代は首里の事を聞きたかったようだけど、和田上等兵は急に機嫌が悪くなったように黙り込んでしまった。

「早くよくなって下さい」と言って千恵子は佳代を促して、その場から離れた。

「ちょっと御免」と言って佳代は第二坑道の方に向かった。うつ伏せになっている患者さんの世話をしていた小百合が佳代の後ろ姿を見ながら、「どこ行ったの」と聞いた。

「おしっこじゃない」と千恵子は言った。和田上等兵の話を聞いて家族の事を心配しているに違いなかった。

「まさか、下痢じゃないでしょうね。アメーバ赤痢に罹ったら大変よ」

「大丈夫よ。佳代はそんなひ弱じゃないわよ。薙刀(なぎなた)の名人なんだから」

「そうよね。アメーバの方が逃げちゃうわね」

 佳代はすぐに立ち直って戻って来た。

 患者さんが六人しかいないから、どこかに助っ人にでも行くのかなと三人で話していたら、次々に新しい患者さんが入って来て忙しくなって来た。

 顔面と胸部重傷、右足首切断、胸部重傷して右腕切断、両足軽傷、胸部と腹部重傷、左足切断、背部重傷と右足切断、上半身軽傷、両足重傷で両足首切断と悲惨な患者さんが九人も入院して来た。和田上等兵と同じように浦添の前線から送られて来た負傷者が三人いた。和田上等兵の話によると前線は物凄い状況だという。ますます前線からの負傷者は増えて来るに違いなかった。

 今日の昼と夜で十五人が入院して来た。この調子で行けば、三日でここも埋まってしまう。四十四人をたった三人で看るなんて考えられなかった。ここが埋まれば、第七外科が新設される。そうなるとまた誰かが引き抜かれる事になる。こんな事になるのなら、慶子たちを無理に除隊させなければよかったのにと本部のお偉いさんたちのやり方を恨んだ。







山部隊第一野戦病院の推定図


浦添の前線、嘉数高地



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