沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第二部




14.新城分院




 天長節(てんちょうせつ)には何も起こらなかった。

 友軍機の姿なんてどこにも現れず、敵の攻撃は益々激しくなって行った。一体、どうなってるのと千恵子たちは騒ぎ、入院患者たちも騒いだ。看護婦さんに聞いても衛生兵に聞いても確かな事は何もわからず、軍医さんは何も教えてくれなかった。皆、この日を待ち望んで、日本軍の大勝利を期待していただけに、落胆もはなはだしく、急に体から力が抜けてしまったかのようだった。

「何かの都合で遅れただけよ、総攻撃は必ずあるわ」と古堅看護婦は励ました。千恵子と小百合はその言葉を信じて頑張るしかなかった。

 いつも上で寝ていたトヨ子が上の壕に移ってしまい、何となく心細くなった千恵子は天長節の夜の勤務が終わった後、初江がいた寝台に移る事にした。向かい側には小百合と佳代がいるし、下には房江がいた。皆、夜勤で行動を共にできるので、こっちにいた方が都合がよかった。どうせ空いているんだから怒られはしないだろうと荷物を持って移って来た。

 今までずっと下の段に寝ていたので上の段に寝るのは初めてだった。横になるとすぐ上に岩の天井があった。崩れ落ちないように板切れで補強してあるけど、時々、大きく揺れるので、崩れて来るような気がして恐ろしかった。それでも、もうどうにでもなれと開き直って、疲れているので眠ってしまった。

 夕方、といっても穴の中にいると昼も夜もわからないのだけれど、もう習慣になっていて自然と四時頃には目が覚めた。隣を見ると佳代はもう起きていて、毛布の砂を払っていた。

「おはよう」と佳代は千恵子を見て笑った。「チーコ、顔が砂だらけよ」

「えっ」と顔に触るとザラザラしていて、毛布の上も砂だらけだった。

「防空頭巾を被ったまま寝た方がいいわよ。いつ、何が起きても、すぐに逃げられるようにね」

 そう言う佳代を見ると防空頭巾を被っていた。そういえば、トヨ子も防空頭巾を被ったまま寝ていたのを思い出した。上の段に寝るには色々と工夫がいるんだなと思いながら、千恵子は顔や毛布の砂を払った。

「荷物も手元に置いておいた方がいいわよ。真っ暗になってもすぐにわかるようにね。それと当たり前の事だけど、真っ暗でも下に降りられるようにした方がいいわ。下に寝てるつもりで慌てて降りると下に落ちちゃうからね。チーコはそそっかしいから気をつけてよ」

「大丈夫よ」と言って笑ったけど、真っ暗闇の中で、荷物を持って寝台から無事に降りられるかしらと心配になった。後で目をつぶって降りてみたら簡単に降りられたので安心した。

 八重瀬岳周辺の爆撃も日を追って激しくなり、敵の攻撃がやむ五時にならなければ外に出られなくなっていた。五時から六時までの一時間の間に、顔を洗ったり、水汲みをしたり、飯上げをしたり、(かわや)に行ったりしなければならず、のんびりしている暇はなかった。

 千恵子たちが食事をしていると美代子が戻って来た。

「えっ、もう六時なの」と房江が驚いた顔をして聞いた。

 佳代がすぐに腕時計を見て、「まだ五時半前よ」と言った。

「違うのよ」と美代子が手を振った。「まだ勤務交替じゃないの。新城(あらぐすく)っていう所に新しく分院ができて、これから、あたしたちが行く事になったのよ」

「えっ、新城に分院?」と小百合が驚いて千恵子の顔を見た。千恵子も驚いていた。昨日の朝、朋美が言っていた事が現実になってしまった。

「ねえ、新城ってどこなの」と佳代が聞いた。

「ここから東の方に二キロ位行った所らしいわ。ヌヌマチガマっていう大きな自然壕があって、そこが分院になるんだって」

「東の方っていったら港川に近いんじゃないの」と千恵子は心配しながら聞いた。

「そう。でも、大きな自然壕だから、どんな爆撃にも耐えられるって言ってたわ」

「ねえ、美代子と誰が行くの」と佳代が聞いた。それが一番の問題だった。千恵子は第六外科からは誰も行かないように願った。

「五人だけなのよ」と美代子は言った。「大きな自然壕らしいから、きっと次々に患者さんが運ばれて来るに違いないわ。それなのに、たった五人だけなのよ。もし、百人もいたらどうなるの」

 美代子を気の毒だと思いながらも今の状況から五人も抜けてしまうのは、こっちだって大変な事だった。

「ねえ、それで、誰なの」と美代子の話にイライラしていた佳代がせかせた。

「ええ、あたしと朋美と‥‥‥郁代と正美と政江よ」

「えっ、政江」と千恵子と小百合は同時に言った。

「もう、どうすんのよ。政江が抜けたら、あたしたちも三人だけになっちゃったじゃない」と小百合がぼやいた。

 政江は第六外科の日勤だった。政江が抜けたら悦子一人になってしまう。今、この時も悦子はたった一人で仕事をしている事になる。それに、朋美が抜けたら第五外科の夜勤も鈴代一人になってしまう。この先、どうなってしまうのか、もういい加減にしてくれと叫びたい心境だった。

 朋美が暗い顔付きでやって来た。

「あたし、異動になっちゃった」と言いながら泣きべそをかいていた。

「朋美、どうしたのよ」と千恵子は聞いた。

「あたし、新城なんて行きたくない。艦砲弾が落ちて来る中を行くのよ。無事に着けるかどうかもわからないわ。あたし、軍医さんに言ったのよ、行きたくないって。そしたら、貴様は天皇陛下の命令に背くのかって、すごく怒られたのよ。あたし、死にたくない」

 千恵子たちは朋美を慰めた。

「死ぬわけないじゃない。軍医さんや衛生兵の人たちも一緒に行くんでしょ。大丈夫よ」と励ましたが、千恵子だって、いつ落ちて来るかわからない艦砲弾の飛び交う中を歩いて行くのは恐ろしかった。美代子に早く荷物をまとめた方がいいと言われ、朋美は涙を拭いて、「もう大丈夫よ」と無理に笑って自分の寝台の方へ帰って行った。

 朋美たちを見送ろうと思っていたけど、暗くなってから出掛けるというので見送りはできなかった。第六外科に行くと古堅看護婦と悦子が待っていた。

「崎間さんが抜けたのは知ってるわね」と古堅看護婦は千恵子と小百合に言った。

 二人がうなづくと、「伊良波(いらは)さんも抜けたのよ」と言った。

「えっ」と千恵子と小百合は思いがけない事を言われてポカンとしていた。伊良波看護婦までいなくなるなんて考えてもいなかった。

「伊良波さんも新城に行くんですか」と千恵子は聞いた。

 古堅看護婦は首を振った。

「新城に行くのは上原さん、新里(しんざと)さん、石川さんの三人よ。伊良波さんは上の壕に異動になったの。上の壕もいっぱいになっちゃってね、手術の手が足りないのよ」

「これだけなんですね」と小百合が言った。

「そう。第六外科はこの四人だけよ。でも、どこも同じなの。この人数で頑張るしかないわ。そこで今日から勤務時間を変更しなければならないの。いい、驚かないでね、今日から二十四時間勤務になるのよ」

 驚くなと言っても無理だった。気が遠くなって倒れそうだった。三人は言葉も出ず、ただ古堅看護婦の顔を見つめていた。

「仕方ないのよ。とにかく、勝利の日まで頑張るしかないの」

 新しい勤務体制は二十四時間勤務の十二時間休憩だった。それを交替でやるという。まず、悦子が十二時間の休憩に入り、古堅看護婦は二十四時間勤務に入る。千恵子と小百合がジャンケンをして、小百合が二十四時間勤務になり、千恵子は十二時間働いてから、十二時間休憩し、その後から二十四時間勤務に入る事に決まった。

 悦子がねぐらに引き上げ、千恵子と小百合は悦子と政江が運んでおいてくれた食事を患者さんたちに配って回った。手の使えない患者さんに食べさせてやり、目の見えない患者さんの世話をしたりして、食事が済んだら食器と食罐を洗わなければならない。飯上げは攻撃のやんでる時間にやるので問題ないが、食罐洗いは艦砲弾の落ちる中を行かなければならなかった。食罐を早く返さないと炊事班の人たちに怒られるので、千恵子と小百合は歩哨兵の許可が下りるとすぐに外へ飛び出した。

 照明弾があちこちに上がっていて、まるで、昼間のような明るさだった。ピューピュードカーン、ピューピュードカーンと艦砲弾も絶え間なく、どこかに落ちている。照明弾が上がるたびに木陰に隠れ、やっと井戸にたどり着いた。食罐洗いも命懸けの仕事だった。

 千恵子たちが食器を洗っていた時、新城分院に行く人たちが隊列を組んで東の方に向かって行った。教育隊の時の隊長だった廉嵎(かどおか)中尉が先頭に立っていて、看護婦たちと朋美たちが後に続き、大きな荷物を担いだ衛生兵たちも十人位いた。一番最後に笠島伍長がいて、千恵子たちに手を振った。千恵子たちは敬礼をしながら皆の無事を祈った。

 その日は千恵子が包帯を洗う番だった。千恵子が井戸に行こうとしたら、

「チーコ、ランプの灯油をもらって来るから、ちょっと待ってて」と小百合が言った。

 千恵子たちは皆、み号剤の空き瓶で作ったランプを持っていたが、瓶が小さいので灯油はすぐになくなってしまった。本来なら本部まで行って、衛生材料科の下士官に許可を得てから、もらわなければならないのだけれど、一々、そんな事をやっている暇はなかった。灯油のある場所はわかっているので、皆、内緒でもらいに行っていた。上の壕に行ってしまったトヨ子は衛生兵に教えてもらったと言って、時々、乾パンも盗んでいた。灯油は仕方ないとしても、乾パンまで盗む度胸は千恵子にはなかった。

 小百合が戻って来る間、千恵子は患者さんの世話に追われて、小百合が戻って来ても、すぐ出て行く事はできなかった。ようやく手が空いて、後の事を古堅看護婦と小百合に任せ、井戸に行くと鈴代と佳代が先に来ていた。鈴代も佳代も二十四時間勤務になったのを嘆いていた。

「まったく、丸一日働かせるなんて信じられないわよ。あたしたちを殺す気なの」

「ほんとよ。十二時間だって休む間もない程忙しいのに、その倍も働き続けるなんて考えられないわ」

「いつまで続くのかしら」と千恵子は二人に聞いた。

 二人は情けない顔して首を振った。時々、景気のいい大本営発表を知らされるけど、特攻隊の活躍ばかりで、陸海空の総攻撃がいつになる事やらわからなかった。咲子とアキ子が来て加わった。いつもなら井戸端で顔を合わせれば、艦砲の音など気にせずに、ふざけあったり歌を歌ったりするのだが、今日は皆、元気がなかった。黙々と包帯を洗っていると、「みんな、やってるわね」と元気のいい声が聞こえて来た。トヨ子だった。

「どうしたのよ、みんな。お通夜(つや)みたいに黙り込んで」とトヨ子は千恵子と佳代の間に割り込んで来た。

「元気なんか出ないわよ。二十四時間勤務なんて体がもたないわよ」佳代が言うとトヨ子は何だかわからないという顔して皆の顔を見回した。

「何なの、二十四時間勤務って」

「えっ、上の壕は違うの」

「そんなの聞いてないわ」

 上の壕は五人いるので、今まで通りの勤務体制のままらしかった。千恵子たちはいいなあと羨ましがった。

 トヨ子に、やるだけの事をやるしかないさ、先の事をくよくよ考えても仕方ないさと言われると、それもそうだな、深刻に考えたってどうなるものでもない、もう、なるようになれという半ば自棄(やけ)っぱちな気持ちになって行った。不安な気持ちを吹き飛ばそうと『勝利の日まで』を歌いながら包帯を洗っていると房江が来て加わった。歌い終わった後、

「五月の三日らしいわよ」と房江がいつものようにのんびりした口調で言った。

「何が五月三日なのよ」とトヨ子が聞いた。

「何がって、日本軍の総攻撃よ」

 皆、手を止めて房江の顔を見た。

「ねえ、それ本当なの」と鈴代が聞いた。

古波蔵(こはぐら)さんから聞いたんだから本当だと思うけど」

「それなら確かよ」とトヨ子が言った。「古波蔵さんは嘘なんか言わないわ」

 千恵子もトヨ子の言う通りだと思った。古波蔵看護婦なら軍医さんや衛生兵たちから確実な情報を手に入れる事ができた。

「総攻撃に備えて、前線に行った軍医さんや衛生兵もいるみたい。それに、島尻(しまじり)を守っていた山部隊も前線に向かったって言ってたわ」

「今度こそ、本当に総攻撃はあるのね」と佳代が念を押した。

 房江が答える前にトヨ子が、「今度こそ、本当の総攻撃よ。そして、戦争も終わるのよ」と強い口調で言った。

「そうよ。穴蔵(あなぐら)暮らしともおさらばよ」と咲子が言って、

「艦砲ももう飛んで来なくなるのね」とアキ子が言うと、

「勿論よ。敵の軍艦なんか、みんな沈んじゃうのよ」と鈴代が言った。

「やっと終わるのね」と千恵子はしみじみと言った。

 総攻撃の日がわかっただけで皆、力がよみがえって来た。二十四時間勤務だろうが、立派にやり遂げてやろうじゃないかと力強く、もう一度『勝利の日まで』を合唱した。

 千恵子の最初の二十四時間勤務は五月一日の午後六時から翌日の午後六時までだった。最初の十二時間は古堅看護婦と小百合が抜けて、悦子と二人だけだった。たった二人だけで正看護婦もいなくて、十二時間も勤められるのだろうかと不安になった。しかも、十二時間働いた悦子は疲れ切った顔をしていた。千恵子が頑張らなければならなかった。

 二人で走り回って食事は何とか済ませたけど、食罐洗いは一人でしなければならなかった。久し振りに夜勤をする悦子が包帯洗いをしたいというので、千恵子が食罐洗いに行く事になった。

 何度も身を伏せながら井戸端に行くと千恵子だけでなく、どこの病棟も一人で食罐と食器を洗わなければならなくなって、みんな、ブツブツ文句を言っていた。

 その夜、第六外科から初めての退院者が出た。四月十七日、港川方面で艦砲弾の破片にやられて、右腕を負傷して入院していた原田軍曹で、前線に赴いている原隊に復帰するため首里に向かうとの事だった。手続きはすでに古堅看護婦が済ませたというので千恵子たちはホッとした。

「必ず、敵をこの沖縄から追い返してみせます」と原田軍曹は力強く言い、千恵子と悦子は、「頑張ってください」と敬礼をして原田軍曹を見送った。

 退院者が出たので喜んでいたら、すぐに死亡者が出た。一番手前の寝台に寝ていた清水伍長だった。浦添方面で背中に重傷を負って四月二十七日に入院したばかりだった。食事を取る事もできず、うつ伏せに寝たまま、時々、苦しそうに唸るだけだった。黙っている患者さんはどうしても見落としがちになってしまう。足を骨折して入院している仲村看護婦が向かい側にいたので、時々、お世話をしてやったらしいけど、残念な事になってしまった。

 最期を看取った仲村看護婦によると、清水伍長は仲村看護婦の方に手を伸ばして、何かを言いたそうだった。ギプスの付いた足でようやく近づいた時にはすでに遅く、ただ「悔しい」という一言しか聞き取れなかったという。ここに来る前、兵隊さんは必ず、「天皇陛下、万歳」と言って死ぬと聞いていた。千恵子もそう信じていたけど、実際に「天皇陛下、万歳」と言って亡くなる患者さんはいなかった。「お母さん」とか、奥さんや子供の名前を言って亡くなる患者さんばかりだった。清水伍長は何に対して悔しかったのだろう。こんな所で死ぬのが悔しいのか、自分の任務を(まっと)うできなくて悔しいのか、千恵子たちの看護が至らなくて悔しいのか、多分、そのすべてのような気がした。もっと、一人一人の患者さんの面倒を見なければならないと思いながらも、今以上の事はできそうもなかった。

 古堅看護婦はいなかったけど、千恵子たちも死亡患者の扱いはもう慣れていた。二人で所持品を調べ、必要書類に記入して、鼻や口に脱脂綿を詰め、両手を組ませた。わからない事は仲村看護婦が教えてくれたので助かった。両手を合わせて冥福(めいふく)を祈った後、薬剤室で待機している衛生兵に遺体運搬を頼みに行った。うまい具合に二人の衛生兵がいて、すぐに遺体を運んでくれたのでホッとした。

 千恵子たちが第六外科に移って来てから半月が経ち、すでに二十人の患者さんが亡くなっていた。第六外科だけでも二十人いるのだから、病院全体の死亡患者はもう二百人近くになるに違いなかった。埋葬地の畑も穴を掘る場所はなくなり、初めの頃、丁寧に立てていた墓標もただ石を置くばかりになって、今ではそれすらもできなかった。埋葬地にも艦砲弾が落ち、大きな穴がいくつもあいて、埋まっていた遺体は無残に飛び散った。埋め直す事もできず、その穴に新しい遺体を投げ込んで、形ばかりの砂を掛け、ただ両手を合わせるだけになっていた。可哀想だけど仕方がなかった。大勢いた衛生兵や防衛隊の人たちはほとんどが前線に行ってしまい、人手が足らず、千恵子たちも遺体運びをしなければならなくなっていた。重い遺体を埋葬地まで運ぶだけでも命懸けで、早く、その場を離れたかった。艦砲弾に吹き飛ばされて、遺体と一緒に穴の中に入りたくはなかった。

 悦子と二人で、うめき続ける患者さんや怒鳴り続ける患者さんたちの間を走り回り、五時になって、水汲みを交替でやって、汚物を捨て、飯上げは一人ではできないので、患者さんには悪いけど二人で出掛けた。やっと六時になって、古堅看護婦と小百合が戻って来た。二十四時間勤務を終えた悦子はもうフラフラで、真っ青な顔をしていて今にも倒れそうだった。

 千恵子は休む間もなく、小百合と一緒に患者さんに食事を配った。いつもなら、顔や体を洗いに井戸端に行くのに今日はできない。ランプの(すす)で顔は真っ黒だし、体もベトベトしていて気持ち悪かった。小百合に言うと、「水汲みの時についでに洗えばいいのよ」と言って笑った。そんな事を言っても、そんな余裕はなかった。でも、食罐洗いの時なら洗おうと思えば洗えない事はなかった。

「そうね。井戸に行った時、ついでに洗えばいいのね」

「そうよ、要領よくやらなくちゃ。それに、包帯洗いも一遍に洗っちゃわないで、幾つかに分けて、毎晩、交替で行けるようにした方がいいわ。時には息抜きしなけりゃ二十四時間なんて体がもたないよ」

「そうね。気楽にやらなきゃ持たないわね」と千恵子もそう思ったが、それからの十二時間は思っていた以上に長かった。

 空いていた二つの寝台はすぐに埋まってしまった。患者さんに言われるままに体は動かしていても、頭はぼうっとして何も考えられなかった。ちょっと立ち止まると知らないうちに立ったまま眠っていて、古堅看護婦に注意された。

 『み号剤』を飲んでみたけど眠気は取れなかった。初江がアメーバ赤痢に罹って、内科に入院したと誰かが教えてくれたけど、千恵子自身も倒れそうだった。仕事が終わったら、お見舞いに行こうと思っていたけど、そんな元気はこれっぽっちも残っていなかった。フラフラしながら自分の寝台にたどり着くと倒れるように眠ってしまった。







山第一野戦病院の推定図


新城分院(ヌヌマチガマ)



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