沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第一部




6.黒砂糖




 昭和二十年はB29の来襲で始まった。被害はなかったけど、空襲警報が何度も発令されて慌ただしく、元旦を祝う事もできなかった。二日は何事もなく安心していたら、三日、四日と続けて数十機の敵機が襲来して、飛行場や港湾施設が爆撃された。いよいよ、敵が沖縄に攻めて来るに違いないと人々は脅え、疎開する者たちが増えて行った。

 泉県知事は去年の暮れ、出張と称して本土に帰ってしまっていた。一月十五日、泉知事から沖縄新報に電報が入り、沖縄県知事から香川県知事に異動する事になったと伝えて来た。当てにならない知事なんか用はないと沖縄県民は喜んだが、泉知事に続けと、本土出身の県庁上層部の者たちが沖縄を去り、沖縄出身の県会議員や那覇市長までもが出張や病気を理由に沖縄を去ってしまった。

 千恵子の父は県庁から帰ると、毎日、情けないと愚痴ばかりこぼしていた。指導的立場にいる人たちが皆、逃げ出してしまい、沖縄はどうなってしまうんだと嘆いた。

「沖縄には県知事さんがいなくなっちゃうの」と千恵子が聞くと、

「新しい知事が任命されるはずだが、戦場になるかもしれない沖縄に来るような人はいないだろう」と父はもう諦めているようだった。

「きっといるわよ」と千恵子は父を励まそうとして言った。「大舛大尉(おおますたいい)殿みたいな人がきっといるわよ」

 沖縄一中出身の大舛陸軍大尉はガダルカナルで壮烈な戦死を遂げ、沖縄の英雄になっていた。大舛軍神と呼ばれ、彼を讃える歌もでき、中学生は勿論の事、女学生たちも憧れていた。

「そう願いたいものだな」父はそう言って、好きな泡盛を飲むと笑った。食べる物には不自由しても、泡盛だけは祖母の家から手に入るので助かっていた。泡盛さえ飲めば父の機嫌はよくなった。

 一月二十一日の日曜日、千恵子は澄江、初江、小枝子と一緒に大里村まで黒砂糖の買い出しに出掛けた。すでに那覇では黒砂糖を手に入れる事はできなくなっていた。小枝子が去年の暮れ、由紀子たちと一緒に大里村に行って黒砂糖を仕入れて来た。その話を聞いた千恵子たちが小枝子に案内を頼んで一緒に出掛ける事になったのだった。

 いい天気だった。久し振りの遠出で皆、浮かれていた。自然と歌が口から出て来る。

 十・十空襲以来、民家への電気は止まったままで、ラジオを聞く事はできなくなってしまったが、奉仕作業の昼休みに兵隊さんから新しい歌を教わる事ができた。ガジャンビラでは『誰か故郷を想わざる』と『湖上の尺八』を覚え、天久(あめく)では『婦系図(おんなけいず)の歌』を覚えた。兵隊の中には面白がって卑猥(ひわい)な替え歌を教える者もいた。でも、そんな歌は覚えない。いい歌は自然と覚えてしまった。最近、千恵子たちがよく歌っていたのが『新雪』だった。雪なんて見たこともない千恵子たちは真っ白で清らかな新雪に憧れた。

 ♪けがれを知らぬ新雪の
    素肌へ匂う朝の()
   若い人生に幸あれかしと
     祈る(まぶた)に湧く涙〜 (新雪 佐伯孝夫作詩、佐々木俊一作曲)

 九時頃だった。識名(しきな)の坂を降りて一日橋を渡った頃、警戒警報が突然、鳴り響いた。慌てて物陰に隠れた千恵子たちは空を見上げた。敵機の姿はどこにも見えなかった。すぐ側にある識名の高射砲陣地も静かだった。

「どうしよう」と小枝子が三人の顔を見ながら聞いた。

「警戒警報でしょ。空襲警報じゃないから大丈夫よ」と澄江が言った。

「ここまで来たんだから、黒砂糖を手に入れて帰らなけりゃ損よ」と初江も強気だった。

「ねえ、チーコはどう思うの」と小枝子は心配そうな顔して聞いた。

「大丈夫だとは思うけど、でも‥‥‥」

「でも、何なの」

「ここにいるのは危ないような気がするわ。高射砲陣地は真っ先に攻撃されるでしょ。それに、この先の津嘉山(つかざん)にも友軍の陣地があるって聞いたわよ」

「そうか、そうよね。ここは危ないわ」

「ねえ、陸軍病院なら大丈夫じゃないの」と澄江が言った。

「そうよ、病院なら敵も攻撃したりしないはずよ」

 一日橋から南風原(はえばる)国民学校にある陸軍病院までは一キロ半位の距離だった。千恵子たちは防空頭巾をかぶり、上空を気にしながら陸軍病院を目指した。敵機が現れる事はなく、無事に陸軍病院に着いた。

 病院なら安全だとやっては来たものの、門の前には怖い顔をした衛兵(えいへい)が立っていた。入院していた麻美はすでに退院して自宅で療養しているし、千恵子の叔母と姉はいるけど、用もないのに仕事中に会うわけにも行かなかった。まだ大丈夫だろうと目的地を目指した。

 (やみ)物資の黒砂糖を手に入れた千恵子たちは警戒警報も忘れて浮き浮きしていた。リュックは重いが足取りは軽かった。歌を歌いながらサトウキビ畑の中の道を歩いていると突然、空襲警報が鳴り響いた。

「ここはどこ」と初江が聞いた。

「もう少しで陸軍病院のはずよ」と小枝子が辺りを見回した。

 とにかく、病院まで行こうと千恵子たちは走った。人影のない製糖工場を過ぎて、しばらく行くと右手の森の中に二人の兵隊が立って空を見上げていた。

「おい、君たち、どこへ行く」

 突然、声を掛けられて千恵子たちは立ち止まった。二人とも若い兵隊だった。

「あのう、陸軍病院まで」と初江が言った。

「陸軍病院は民間人の治療はしないぞ」

「いえ、そうじゃないんです。病院に行けば防空壕があるだろうと思って」

「君たちはこの辺の者じゃないな」

「はい。用があって那覇から来ました」

「女学生か」

「はい。二高女です」

「病院に行っても無駄だ。病院の防空壕はここにある。警報が解除されるまで、避難していても構わんぞ」

「ほんとですか」

 早く来いと言うように一人の兵隊が手招きした。千恵子たちは顔を見合わせ、お互いにうなづき合うと兵隊の後に従った。木の枝で隠された中に防空壕があった。かなり深そうな横穴が掘られてあり、中には誰もいなかった。

「やがて、ここが病院になる」と兵隊は言った。こんな洞窟のような所が病院になるなんて千恵子には信じられなかった。

「国民学校からここに移るんですか」と澄江が聞いた。

「そうだ。空襲が激しくなれば、国民学校もやられてしまう。ここに患者を収容して治療をするんだよ」

 もう一人の兵隊がやって来て、千恵子たちを案内した兵隊を呼ぶと一緒にどこかへ行ってしまった。

「ここなら絶対に大丈夫ね」と言って、小枝子は重いリュックを降ろした。皆もリュックを降ろして腰を下ろした。

 初江が真っ暗な奥の方を覗きながら、「どこまで続いてるのかしら」と言った。

「地獄の底まで続いてるのよ」と澄江が気味の悪い声を出す。

「やだ、もう。脅かさないでよ」

「ねえ、ここが病院になるって言ってたわよね。ほんとかしら」と千恵子は皆に聞いた。

「ほんとなんじゃないの。でも、国民学校が空襲にやられたらの話でしょ。そんな事ありえないわよ」と澄江は言った。

「だって、あちこちで陣地を作ってるでしょ。ここだけじゃないわ。きっと、敵が沖縄に攻めて来るのよ。サイパンみたいに」

「沖縄がサイパンみたいに玉砕(ぎょくさい)するって言うの」

「そうじゃないけど、ここが病院になったら、うちのお姉ちゃんや浩おばちゃん、こんな所で働かなくちゃならないのよ。こんな穴ん中じゃ、看護なんてできないんじゃない」

「そうね。こんな所に運ばれたら患者さんだって可哀想よ」

 その時、遠くの方で爆発音が続けざまに響いた。

「キャー」と小枝子が叫んで耳をふさいだ。

「いよいよ、敵が来たのね」と初江が恐る恐る入口の方に行き、外を眺めた。

「大丈夫?」と聞きながら千恵子も初江の後に従った。

 爆発音は続いていたが、上空に敵機の姿はなかった。西の方から爆発音が聞こえて来るのがわかるだけで、ここからはよく見えない。

「大丈夫?」と言いながら澄江と小枝子も防空壕から出て来た。

 十・十空襲を経験している四人には空襲が遠い所だとよくわかった。今の所、ここは安全だとわかると那覇の事が心配になって来た。千恵子も初江も澄江も、すでに家が焼けてしまっていたが、小枝子の家は無事なので狙われるかもしれなかった。

「ねえ、上の方に行ったら、どこがやられてるか見えるんじゃない」小枝子は防空壕が掘られてある丘を見上げた。

 よく見ると細い道が丘の上の方へと続いている。行ってみようと、千恵子たちは身を屈めて隠れるようにして丘に登った。丘の上にさっきの二人の兵隊がいた。

「谷口軍曹殿、あれは小禄飛行場の辺りであります」と千恵子たちを防空壕に連れて行った兵隊が地図を見ながら言っていた。

 西の空を見ていた二人が千恵子たちに気づいた。軍の陣地内で勝手な事をして怒られるかもしれないとヒヤッとしたが、「おお、君たちも来たのか」と若い軍曹は怒ってはいなかった。

 千恵子たちはホッとして西の方を眺めた。小さな丘が幾つも連なって見え、その向こうに黒い煙がモクモクと上がっていた。

「君たちは那覇から来たと言ってたな。どこがやられているかわかるか」と谷口軍曹が聞いた。

 ここからは煙が見えるだけで、爆弾が落ちている場所は見えなかった。でも、方角からいえば飛行場か港の辺りに違いなかった。千恵子がそう答えようとしたら、澄江が先に言った。

 谷口軍曹はうなづくと、胸に下げていた双眼鏡を覗いた。

「敵機はおよそ二十機、それ程、大規模な空襲ではなさそうだ。敵の脅しかもしれんな」

 その時の空襲は三十分程で終わった。千恵子たちは谷口軍曹に十・十空襲の事を聞かれ、その時の様子を話して聞かせた。谷口軍曹の話によると、その日、陸軍病院の外科病棟になっていた那覇の下泉町にあった済生会診療所から、物凄い空襲の中を谷口軍曹たち衛生兵は看護婦たちと一緒に入院患者たちを南風原の国民学校まで避難させたのだという。盲腸の手術をしたばかりの患者もいて大変な騒ぎだったよと苦笑した。

「谷口軍曹殿、美里浩子という看護婦をご存じありませんか」と千恵子が聞くと、

「美里看護婦ならよく知っているよ。君たちの知り合いなのか」と谷口軍曹は以外そうな顔をして答えた。

「あたしの叔母なんです」

「おお、そうか。そういえば、何となく似ているな。威勢のいい人だよ。あの激しい空襲の中、少しも慌てず、上原婦長を助けて的確な指示を与えていた。大した看護婦だよ」

 千恵子は台風が来た時も少しも慌てないで落ち着いていた浩おばちゃんを思い出していた。何事が起こっても浩おばちゃんなら必ず乗り越えてしまうだろうと思った。そして、自分が褒められたように嬉しかった。

 谷口軍曹も川上上等兵も共に鹿児島県の出身だった。第三十二軍(沖縄守備軍)の陸軍病院は熊本で編成されたので九州の出身者が多いらしい。三十分程、丘の上で話をして、もう大丈夫だろうと二人にお礼を言って家路を急いだ。

 帰り道、小枝子はずっと自分の家の事を心配していた。その点、千恵子たちは気が楽だった。失う物が何もないというのは、どこに行っても自分の身さえ守ればいいのだった。幸い、小枝子の家は無事だった。

 家に帰ると弟の康栄(こうえい)がのんきに寝ていた。

「あんた、何してるの」と声を掛けるとビクッとして跳び起きた。

「何だ、チー姉ちゃんか。脅かすなよ。どこ行ってたんだよ」

「ちょっと買い出しに行って来たのよ。あんたにもあげるわね」

 千恵子はリュックから黒砂糖の固まりを出すと、弁当箱くらいの大きさの一つを康栄に渡した。

「凄えな、チー姉ちゃん。首里でもなかなか手に入らないよ。ばあちゃんに持ってってやれば喜ぶよ」

「うん。みんなで食べて」

 康栄は今日、一中の防空壕を掘っていたら、空襲警報が鳴って作業が中止になり、那覇港がやられているのを見て、じっとしていられず、空襲の最中、走って来たのだという。この辺りの上空も敵機が飛び回っていて、残っている建物や人影を見ると機銃掃射(きじゅうそうしゃ)をしたらしい。でも、爆弾を落とさなかったので街中での火災はなかったという。

「まったく無茶な事をするわね。死んだらどうするの」

「死にゃあしないさ。泣き虫のチー姉ちゃんが一人で泣いてるんじゃないかと思ってさ」

「泣いたりなんかしないわよ」

 父も日曜日だというのに朝早く出勤して県庁の防空壕を掘っていた。平日は県庁の仕事があるので穴掘りはできない。日曜にやるしかないさと言っていた。十・十空襲を経験して、ただ縦穴を掘っただけの防空壕では何の役にも立たない事がわかり、山や丘の斜面を利用して横穴式の大規模な防空壕があちこちにできていた。二高女では県立病院が十・十空襲の時、患者を収容した防空壕を拡張して全校生徒が避難できるようにした。勿論、拡張工事は授業の合間に先生と生徒たちでやったのだった。

 父は日暮れ間近に帰って来た。父の話によると空襲されたのは、やはり、小禄飛行場と那覇港で、県庁も機銃掃射を浴びたものの爆弾の投下はなく助かったという。

 翌日、夜明け前に起きた千恵子は洗濯をしていた。今年になってから作業現場が首里の弁ケ岳に移っていた。祖母の家の近くなので、父は康栄と一緒にしばらく向こうにいればいいと言うが、そうすると学校が遠くなってしまうし、友達と一緒に行けばいいんだからと仮小屋住まいを続けていた。七時前に家を出ないと間に合わないので、最近は毎日、夜明け前に起きて洗濯する習慣がついていた。

 鼻歌を歌いながら、洗濯物を干していると空襲警報が鳴り響いた。警戒警報ではなく、突然の空襲警報だった。千恵子は空を見上げた。明るくなりかけた空は静かだった。

 父が目をこすりながら小屋から出て来た。回りを見ると皆、小屋から出て来て空を見上げていた。

「お父さん、今、何時なの」

「うっ」と言って、父は腕時計を見た。

「六時三十五分だ。こんな朝っぱらから空襲警報が鳴るのはただ事ではなさそうだ。とにかく、避難しなけりゃなるまい」

「お墓に行くの」

「そうだな。いや、県庁の防空壕に行こう。あそこにいた方が色々と情報が入る」

「あたしもそこに行くの」

「そうさ。今日は作業は中止になるだろう。こんな早くから警報が鳴れば、誰も学校にも行くまい」

 千恵子は甘藷(かんしょ)を炊いていた火を消し、洗濯物を小屋の中に干し、昨日仕入れた黒砂糖が入ったままのリュックの中に甘藷を詰めた。全財産の入ったリュックを背負って父と一緒に県庁へと向かった。

 県庁前の大通りに出た頃、不気味な爆音と共に、上空に敵機の編隊が現れた。ガジュマルの木陰に隠れて見上げると敵機は港に急降下して爆弾を落とした。耳をつんざく爆発音が響き渡り黒い煙が明けたばかりの朝空に舞い上がった。爆発音は次々に鳴り、飛行場の辺りからも煙が立ち昇った。

「早く行くぞ」と父に手を引かれて、千恵子は身を屈めたまま走った。

 荷物を抱えた人たちが大通りを行き来している。皆、それぞれに安全な場所を目指して走っていた。

 県庁の防空壕は城岳(ぐすくだけ)の下に掘ってあった。横穴式で中は広かった。千恵子たちが来た時、近所に住む家族が数人、避難していた。父を知っているらしく、よろしくお願いしますと頭を下げていた。

「朝早いので、県庁の職員たちもそれ程は来るまい。大丈夫だ。安心してここにいるがいい」父がそう言うと近所の人たちはもう一度、頭を下げてお礼を言った。

「ねえ、お父さん、この上に高射砲の陣地があるんじゃないの。大丈夫?」千恵子は心配になって聞いた。高射砲の陣地は真っ先に狙われる場所だった。

「大丈夫だ。十・十空襲の時、やられて以来、この上はそのままになっている。高射砲隊は別の所に移ったらしい」

 それを聞いて千恵子は胸を撫で下ろした。昨日、南風原で会った谷口軍曹は二中が兵舎になっていたと言っていた。二中が燃え落ちてしまったので、高射砲隊も移動して行ったのかもしれなかった。

 三十分程で空襲はやんだ。様子を見て来ると行って父は外に出て行った。

 昨日と同じように一度だけで終わるだろうと思っていたのに今日は違った。三十分位したら再び、爆発音が響き渡った。父が帰って来て、敵機はおよそ五十機で飛行場と港を集中的に攻撃しているらしいと言った。二度目の空襲も三十分位続き、静かになると父はまた出て行った。

 薄暗い穴の中に座り、明るい入口の方を眺めながら、千恵子は友達の事を思っていた。みんな、どこに避難しているのだろう。一人でこんな所にいるより友達と一緒の方がよかった。初江や澄江を誘ってくればよかった。小枝子の家はここから近くだった。ここに避難して来ればいいのにと思った。

 昼近くになっても空襲はやまなかった。その頃になると近所の避難民も増えて来た。あちこちにローソクの火が灯され、子供たちは遊び回り、知り合い同士で固まって世間話をしていた。空襲は続いているが、敵機の数は十・十空襲の時よりもずっと少ないらしいと皆、安心しているようだった。

 空襲の合間に父が出て行った後、じっとしているのに退屈した千恵子は少し外に出てみた。西の方を見ると空は真っ黒になっていた。飛行場もまた穴だらけになってしまったに違いない。もしかしたら、また昼夜ぶっ通しの復旧作業に動員されるのかもしれないと思い、ゾッとした。

「あれ、チーコじゃない。こんなとこで何してるの」

 突然、声を掛けられ、振り返ると小枝子が幼い妹と弟の手を引いて立っていた。

「サエ、あんたたちも来たのね」

「おうちの防空壕にいたんだけど、ここの方が安全だって言われて来たのよ。チーコがいるなんて驚きだわ」

「父と一緒に朝早くからここにいたのよ。よかった、サエが来て。一人でつまらなかったのよ」

 千恵子は小枝子たちを連れて防空壕の中に戻った。しばらくして、小枝子の母親が一番下の妹を連れて来た。父親は十日程前に防衛隊に召集されてしまったという。千恵子の父親の話だと、(たけ)部隊(第九師団)が台湾に行ってしまった後、第三十二軍は兵力不足を補うため、十七歳から四十五歳の沖縄の男子を片っ端から召集して防衛隊を編成し、陣地構築や物資の輸送などに(たずさ)わらせているという。わしも四十五だが、県庁の仕事があるので大丈夫だろうと言っていた。

 一人で退屈していた千恵子は小枝子が来たので外の空襲も忘れて、(せき)を切ったように、あれこれと話しまくった。小枝子の幼なじみで昭和高女に通っている菊ちゃんという娘も加わり、陣地作業の苦労話や男子中学生の噂など話しては笑っていた。午後になってから、爆発音が少しづつ近づいて来たような気もしたが、千恵子たちは話に熱中していた。

 三時頃、防空壕を出たり入ったりしていた父がやって来て、安里の師範学校女子部と一高女が昼過ぎにやられたと教えてくれた。校舎と寄宿舎もやられ、生徒たちに被害はなかったようだが、駐屯していた経理部の兵隊が数人亡くなったらしいという。寄宿舎がやられたら従姉(いとこ)の陽子は首里の家に戻って来るのだろうか、と一瞬、思った。それより、師範女子部と一高女がやられたという事は、敵はいよいよ、市街地に攻撃を仕掛けて来た事になる。十・十空襲で焼け残った民家も危なくなって来ていた。小枝子も菊ちゃんも急に青い顔になって、自宅の無事を祈り始めた。

 日が暮れて暗くなっても敵機は飛び回っていた。機銃掃射の音や爆撃音が防空壕の回りで鳴り響き、時々、防空壕が揺れる事もあった。八時頃、やっと静かになり、それから三十分位してから空襲警報が解除された。

 防空壕から出て、回りを見ると所々に火の手が上がっていた。消防車のサイレンも聞こえて来た。

「おうちの方が燃えてる」と小枝子が叫んだ。

 小枝子が自宅に行こうとしたが、危険だと近所の人に止められた。千恵子の父が近所の人と一緒に見に行った。すぐに戻って来て、消せるかもしれないから皆で行こうという。

 近所の者たちが総出でバケツリレーをしながら消火活動を行なったけど間に合わなかった。小枝子の家と隣の家は焼け落ちてしまった。







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