沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第二部




1.看護教育隊




 三月六日の正午、千恵子たち二高女の四年生は国場(こくば)駅前に集合した。その日、集まったのは松組が二十二人で、梅組も同じ位だった。残念な事に佳代の姿がなかった。

 昨日、首里の作業場で、絶対に行くって約束したのにどうしたんだろ。親に反対されたのかもしれない。看護教育隊に入隊するには親の承諾がなければならなかった。校長先生は疎開する者や家庭に事情のある者、体の調子が良くない者は無理するなと言ったけど、皆、お国のために働けるのを喜んでいた。佳代もあんなに喜んでいたのに。

 その代わりといっては変なんだけど、十・十空襲以来、姿を見せなかった小百合の姿があった。学校からの知らせを受けて、郷里の大宜味村(おおぎみそん)(国頭)から二日を掛けて歩いて来たという。千恵子、晴美、澄江の三人は小百合の顔を見て大喜びをした。あれからどうしてたの、何をしてたの、と話は尽きなかった。ただ、敏美と久美の死を告げなければならないのは辛かった。そして、小百合のお兄さんが戦死してしまったというのを聞いて、もっと辛くなった。何て慰めたらいいのか千恵子にはわからなかった。戦死した兄のためにも看護婦になって、お国のために尽くさなければならないと小百合は決心を固めて来たのだった。

 校長先生の訓示を聞いた後、金城先生と与那覇先生に引率され、東風平(こちんだ)へ向けて四列縦隊で行進した。皆、お国のために働けると目を輝かせていた。晴美が校歌を歌い出すと皆で元気よく合唱した。校歌が終わると『ああ(くれない)の血は燃ゆる』、そして『若鷲(わかわし)の歌』、次から次へと歌が飛び出して、東風平に着くまで歌い続けた。

 東風平の国民学校に着くと、先発隊として先に来ていた慶子、和美、美紀、政江の四人が待っていた。四人は上級学校の受験者で、共に慶子の家に下宿して受験勉強に励んでいた。四人も加わって組ごとに整列した。四人のうち、慶子、和美、美紀の三人が松組で、政江だけが梅組だった。小百合はブラスバンド部だったので松組の方に加わった。そして、松組が第四内務班、梅組が第五内務班となって、第四内務班の班長は米田軍曹(ぐんそう)、第五内務班の班長は笠島伍長と決められた。笠島伍長は知事官舎での看護教育の教官だったので気心が知れている所があったが、米田軍曹は目がきつくて見るからに怖そうな軍人だった。内務班は厳しい所だと聞いていたので、失敗したらビンタが飛んで来るかもしれないと身を引き締めた。

 二高女の他に積徳(せきとく)高女の生徒も五、六十人来ていて、第一内務班から第三内務班になり、男子の初年兵も二十人位いて第六内務班になった。

 看護教育隊の隊長、廉嵎(かどおか)軍医中尉の訓示の後、班ごとにそれぞれ指定された教室に入った。教室の入口に『第四内務班』と書かれてあり、中に入ると児童が使っていた机が四つ、隅の方にあるだけでガラーンとしていた。後ろの壁に毛布が綺麗に並べてあって、その上に生徒の名前が貼り付けてあった。

「名前の所に各自、荷物を置いとくんですって」と先発隊だった慶子が言った。「そして、荷物はいつもきちんとしておかないといけないんですって」

「もしかしたら、この毛布があたしたちのお蒲団なの」と晴美が不満そうに言った。

 千恵子たちは家が焼かれて蒲団もない生活を続けているので、毛布が五枚あれば充分に満足だった。でも、家が焼けなかった晴美は毎日、暖かい蒲団の中に寝ていたので驚いたのだろう。

「大丈夫よ。みんな同じなんだから」と澄江が慰めた。

 晴美はうなづいて、名前の所に行って荷物を降ろした。千恵子の名前は見つからなかった。慶子に聞こうとしたら和美が呼んだ。

「チーコと澄ちゃんはこっちよ」

 振り返ると黒板の脇にも毛布が並んでいて、千恵子の名は一番端にあり、その隣が澄江で、その隣が和美だった。どうやら、あいうえお順に並んでいるらしい。

「ほんとはね」と和美が言った。「内務班の定員は二十名前後なんだって。積徳高女は各班、十八人か十九人なのに、二高女は二十人を越えちゃったのよ。それで、あたしたちがはみ出ちゃったってわけ」

「そうだったの」

 黒板の脇には七つ毛布が並んでいた。五つは名前が貼ってあるが二つには名前がなかった。

「ねえ、あの二つは予備なの」と千恵子は和美に聞いた。

「そうよ。何人集まるかわからなかったから余分をもらっておいたの」

「それじゃあ、もし、佳代が遅れて来ても大丈夫なのね」

「大丈夫だと思うわ。親の承諾を得るために里帰りした人もいたでしょ。今頃、こっちに向かってる人もいるかもしれないしね」

 千恵子は安心して荷物を降ろした。千恵子の場所は窓際だったので、何げなく外を眺めた。中庭を挟んで向こう側にも校舎があった。庭にあるガジュマルの木を眺めながら、佳代が来てくれればいいのにと思った。

「ねえ、これからどうするの」と澄江が和美に聞いた時、金城先生が米田軍曹と一緒に入って来た。

「整列!」と米田軍曹の声が響き、荷物の整理に夢中になっていた皆は慌てて並んだ。

 米田軍曹は皆の顔をジロリと見回した後、「休め」と言った。

「御苦労である。非常時のため、君たちは補助看護婦として山部隊に従軍する事に決まった。ここは軍隊であるという事を充分に自覚してもらいたい。今日から君たちは女学生ではない。第四内務班の一員である。軍人として厳しい訓練に耐え、立派な看護婦にならなくてはならない。ここでの訓練は一ケ月の予定である。以上」

 重々しい口調で言って、米田軍曹は生徒たちをもう一度見回し、金城先生の方を向いた。

「あとはお願いします」と金城先生に軽く頭を下げると出て行った。その後、金城先生から内務班の生活について詳しく教えられた。

 起床は五時、五時半に朝礼、六時半から七時半までが朝食時間、八時から十二時までが午前中の看護教育、十二時から一時までが昼食時間、午後の看護教育は五時まで、五時から六時までが夕食時間、夕食後は自由時間、八時に点呼(てんこ)があり、消灯は九時。食事の時は当番を決めて、炊事場まで食事を取りに行かなければならない。それと交替で不寝番(ふしんばん)を二時間づつ勤めなければならないと説明した。

「今晩の食事は衛生兵(えいせいへい)が運んでくれるらしい。明日からは朝昼晩と自分たちでやらなければならない。そして、班長である米田軍曹に食事を運ぶのも、食事当番の任務であるので、きちんとしてもらいたい」

 さっそく食事当番が決められた。炊事場の位置を知っている先発隊の三人とあいうえお順に三人が明日の朝の当番と決められた。先発隊の三人は朝食の後、受験のために帰る事になっていた。受験が済んだら一週間後に合流するという。そこで、明日の昼と晩は晴美も当番に加わる事になった。

「明日からは休む間もない程、忙しくなるぞ。今日はのんびり過ごしていいそうだ。ゆっくりと休んでおけ。以上、解散」そう言って先生は出て行った。

 先生が出て行くと皆、バラバラになって各自の荷物の所へ戻った。

「ねえ、チーコ、一ケ月って言ってたわね。あたしたちの卒業式はどうなるのかしら」

 澄江がリュックの中から着替えを出しながら千恵子に聞いた。

「そうよねえ、一ケ月って言ったら四月になっちゃうわ」

「今月の末にやる予定だって聞いてるわよ」と和美が横から言った。

「和ちゃん、ほんと」と千恵子は聞いた。

「先週、校長先生から聞いたから確かよ」

「ここでやるのかしら」

「そうだと思うけど」

「どこでもいいわ。卒業証書さえもらえれば」

「そうよね」

 ここに来る時、下はいつものようにモンペだったが上着だけは制服を着て来たので、皆、普段着に着替えた。お国のためにと勇んで来たけど、一ケ月もここで訓練しなければならないと聞いて、みんな、家族の事を思ってしんみりしていた。

 千恵子も救急袋の中から家族の写真を出して眺めた。母と祖父母、妹の登美子と由美子、末の弟の昌栄が宮崎に疎開する前の去年の夏、家族揃って写真館で撮った写真だった。すぐに帰って来るって言っていたのに、みんなと別れてから、もう半年以上が過ぎていた。何度か手紙を受け取り、皆、元気でやっていると書いてあったので安心してるけど、やはり寂しかった。早く戦争に勝って、みんなが揃う事を願った。

 看護隊に入隊したいと父に言った時、父は辛そうな顔して、「そうか」と言った。

「卒業間近になって、お前まで軍隊に取られるとは思ってもいなかった。今思えば、お前と康栄も一緒に疎開させればよかったと後悔している。しかし、あの時はこんな事になろうとは思ってもいなかったからな。こうなったら、もう、運を天に任せるしかない。こんな小屋にいるよりは軍隊と一緒にいた方が安全かもしれない。敵が攻めて来れば、父さんも知事殿と行動を共にしなければならなくなるかもしれん。そうなれば、うちには帰って来られなくなる。わしとしてもお前が軍隊と一緒にいた方が心配しなくてもすむ。体には充分に気をつけるんだよ」

 父は今朝、出掛ける時も、「体に気をつけるんだよ」と言っていた。父一人きりでご飯の支度や洗濯ができるのだろうかと心配になった。

 写真をしまう時、安里先輩と交換した啄木(たくぼく)歌集に手が触れた。安里先輩が帰った後、チラッと見ただけで、まだ読んではいなかった。もしかしたら、手紙でも挟んでないかと期待したけど何もなかった。ただ、赤鉛筆であちこちに線が書いてあって、裏表紙の裏には安里良雄と名前が書いてあった。その字を見て何となく嬉しかった。あたしも藤村(とうそん)の詩集に名前を書いたかしらと思い出してみた。あの詩集は姉のお下がりで、姉の名前を消して自分の名前を書いたような記憶が微かに残っていた。

 千恵子が一人でニヤニヤしていると澄江が救急袋の中を覗き込んだ。

「あれ、チーコ、何の本を持って来たの」

「えっ、文庫本よ」と言いながら、さりげなく隠した。

「へえ、愛唱歌集しか持ってなかったんじゃなかったの」

「それがね、空襲前に人に貸してたのが戻って来たのよ」

「そう、よかったね。あたしも信代に貸してた『シャーロック・ホームズ』が戻って来て、それを持って来たの。ねえ、チーコは誰に貸してたの」

「それは」と千恵子が困っていると、誰かが、「園の小百合、撫子(なでしこ)、垣根の千草(ちぐさ)〜」と歌い出した。『故郷を離るる歌』だった。今のみんなの気持ちにぴったりくる歌だった。

 澄江はそれ以上追及する事なく、一緒に歌い始めた。千恵子も救急袋の(ふた)をして、合唱に加わった。一度、歌い始めるとなかなか止まらない。次に『ふるさと』を歌うと隣の第五内務班も一緒に歌い出し、積徳高女の生徒たちも歌い出して大合唱となった。

 歌い終わるとまたしんみりとしてしまった。しばらく、しーんと静まり返っていたが、積徳高女の方から『故郷の白百合』が流れて来た。負けるものかと千恵子たちも歌った。次は第五内務班が『勝利の日まで』を歌い出す。次は積徳高女というように交互に歌を歌っているうちに夕食の時間となった。

 衛生兵がご飯と味噌汁とおかずの入った食罐(しょっかん)を持って来てくれた。人数分の食器が配られ、机の上に並べて分配した。ご飯は白米で、おかずは豚肉の入った野菜炒めだった。お肉を食べるなんて久し振りだった。みんな、豪勢じゃないと言って喜んで食べた。

 食事が終わると衛生兵が片付けに来てくれ、手拭いや石鹸、歯ブラシなど日用品が支給された。

 矢野兵長(へいちょう)という人が来て、蚊帳(かや)の吊り方と毛布の使い方を教えてくれた。大きな蚊帳で吊るのも一苦労だった。これを朝晩、吊ったり外したりしなければならないのは大変な事だった。これも当番を決めて交替でやろうという事になった。毛布は消毒したばかりで少し湿っていた。細長く二つ折りにして二枚を下に敷き、三枚を上に掛け、二組に分かれて頭を突き合わす格好に敷いた。毛布の畳み方もちゃんとやり方があって、決まった通りに畳まなければならないという。

「今日は今、寝床を作ったが、明日からは毎日、午後八時に日夕(にっせき)点呼がある。それが終わってから蚊帳を吊って、寝床を作り、午後九時に消灯となる。今日は日夕点呼もない。消灯時間まで自由に過ごしてよろしい。何か質問はあるか」

 そう言って矢野兵長は自分の寝床を直している生徒たちを見回した。黒縁眼鏡(めがね)を掛けていて、頭がよさそうで、なかなかの二枚目だった。

 トヨ子が颯爽(さっそう)と手を挙げた。

「よし、何だ、言ってみろ」

 トヨ子は立ち上がると気を付けの姿勢をして、「矢野兵長殿にお聞きします」と大きな声で言った。「先程、廊下で見たのですが、上等兵殿が下士官(かしかん)殿へ敬礼をしておりました。自分たちもあのように敬礼をするのでしょうか」

「うむ、いいぞ、その調子だ。明日からは皆もああいう風に話さなければならん。ここでは女学生の言葉は禁止だ。軍隊の言葉を使わなければならん。質問の敬礼の事だが、団体で行動する時は班長殿の命に従えばいい。君らは初年兵で兵隊の階級でいえば二等兵という事になる。要するに回りにいる兵隊は皆、君らより階級が上だ。本来なら上官に対しては必ず敬礼をしなければならんのだが、君らは補助看護婦として入隊して来た。上官に一々敬礼していたのでは仕事にならんからな。もし、廊下で出会ったら下士官以上の者には敬礼するように」

「それでは、兵長殿には敬礼しなくてもよろしいのですか」

「うむ。俺にはしなくてもよろしい」

「かしこまりました」

 トヨ子が座ると、由紀子が手を挙げた。指されると由紀子も気を付けをして、「矢野兵長殿に質問します。下士官とか上等兵とかの見分けがわかりません。教えて下さい」と言った。

 千恵子にもよくわからなかった。軍曹や伍長が下士官だとは知っているが、廊下で出会って、とっさに見分ける事など無理だった。

「そうだな。女学校ではそんな事まで教わるまい」

 矢野兵長は軽く笑うと、自分の(えり)を示した。

「ここに階級章というのがある。これを見ればすぐにわかる」と言って、蚊帳から出ると黒板の所に行った。皆も来いというので、ぞろぞろと蚊帳から出て、黒板の回りに並んだ。

 矢野兵長は黒板に階級章の絵を書いて説明した。

「赤地に星一つが二等兵、二つが一等兵、三つが上等兵、金筋(きんすじ)一本に星がないのが兵長。これだな」と自分の襟を指さした。確かに金の筋が一本あるだけで星がついていなかった。

「ここまでが兵隊だ。金筋に星一つが伍長、二つが軍曹、三つが曹長、ここまでが下士官だ。金筋が三本になって星がないのが准尉(じゅんい)といって准士官だ。その上の少尉(しょうい)以上が将校と呼ばれる。少尉は金筋三本に星が一つ、中尉は二つ、大尉は三つだ。その上の少佐は金筋が五本になって星が一つ、中佐は二つで大佐は三つ、少将になると全部が金色になって星が一つ、二つが中将(ちゅうじょう)、三つが大将だ。少将以上の偉いお人には滅多にお目にかかれない」

 そこまで書いて矢野兵長は手を止め、わかったかというように皆を見回した。

「この他に見習(みならい)士官というのがある。君たちの学校にも教官として行っているので知っていると思うが、これは幹部候補生だ。見習い期間終了後に少尉に昇進する。襟章は曹長と同じで、襟章の隣に星印を付けているからすぐにわかるだろう。ついでに言っておくが、軍医の階級は少尉以上で、教育隊の隊長は軍医中尉殿、山部隊の野戦病院の院長殿は軍医少佐殿だ。以上、わかったか」

「はい、よくわかりました」全員が声を揃えて言った。

「よろしい。さっきも言ったが、明日からは軍隊の言葉を使わなければならない。慣れればわかると思うが、簡単な軍隊用語を教えておく。まず、この教室の事は『内務班』と呼ぶ。この学校は『兵営(へいえい)』で、校庭は『営庭(えいてい)』と呼ぶ。便所はお手洗いとか御不浄(ごふじょう)とか言わずに『(かわや)』と言う。洗濯物を干す所は『物干場(ぶっかんば)』、食事を炊事場から運ぶ事を『(めし)上げ』と言う。自分の事はわたしとは言わず、自分の名を言う。例えば、『矢野兵長、飯上げに行って参ります』というようにな。明日から毎朝五時半に日朝(にっちょう)点呼が行なわれる。その時、軍人としての心構えである『軍人勅諭(ちょくゆ)』を唱えなければならない。明日の朝までにしっかりと暗記しておくように」

 矢野兵長は再び、黒板に向かった。

 一つ、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。

 一つ、軍人は礼儀を正しくすべし。

 一つ、軍人は武勇を尊ぶべし。

 一つ、軍人は信義を重んずるべし。

 一つ、軍人は質素を(むね)とすべし。

 矢野兵長に続いて、皆が声を出してそれを読んだ。

「よし。特別に簡単な覚え方を教えてやる。忠、礼、武、信、質と覚えておけ。明日から厳しいぞ。ゆっくりと休め」

 矢野兵長はさわやかな笑顔を見せて帰って行った。

 矢野兵長がいなくなると、皆はキャーキャー言いながら蚊帳の中に入った。寝床もあいうえお順に並んでいた。千恵子の右隣は慶子、左隣は澄江、そして、右斜め前には初江がいた。修学旅行も中止になってしまった千恵子たちは、修学旅行に来たみたいに浮かれていた。






東風平国民学校跡



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